Black Hawk

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軽視されたGT馬 波乱呼ぶ直線一気

 3回目の安田記念。国枝はまったく自信がなかった。「年齢的な衰えを心配していたが、マイルのGT以外では掲示板をはずしていない。それが常に善戦マンで終わっている状況は歯がゆかった。オレなんかは高松宮記念で負けた時、狙うとしたら秋のスプリンターズSに全力投球するのがベストじゃないかと考えた。それまで安田記念もマイルCSも2年連続して完敗に終わっていたからね。ただ、馬主さんはやり方によってはハマるのでは、と考えていたようだ。あの安田記念は馬主さんの執念の賜物だよね」

 横山典も同じ思いだった。「ノドが鳴るのは相変わらず。短いところじゃないと苦しいよ。今思えばスプリンターズSを勝った時に引退させてやれば、馬のために一番よかったのかもしれないなあ」と、マジな顔で筆者に言ったのだ。その話を聞いて真っ先に馬券の対象から切ったのはいうまでもない。

 オーナーサイドが初めて、「今までとは違ったやり方をしてくれ」と、乗り方に注文をつけてきた。それまで、いろいろ工夫しながら結果が出なかった。どん詰まりの状況を打開するにはギャンブルに出る必要がある。考えられるのは二つに一つしかない。その一言で国枝、横山典の気持ちは楽になった。思い切って逃げるか、追い込むかだ。枠順抽選で外枠が当たった時、馬場のいい外を通って直線勝負に賭ける作戦が決まった。

 ぶっ散らかった部屋の中に大切な物が埋もれている。いくら探しても見つからない。あきらめかけた時、ふと、目に入った。そんな経験がある人は少なくないはずだ。そういえば、井上陽水が、そんな曲を歌っていた(「夢の中へ」)。

 ついに探し物が見つかった。一気の末脚を使う馬に泣かされ続けてきた。高松宮記念のキングヘイロー、トロットスター、京王杯SCのスティンガーがまさにそう。ならば彼らのお株を奪ってやろうというわけだ。あとは、馬自身にそれだけの瞬発力が備わっているかの問題。走ってみないことには分からない。

 思惑がドンピシャリはまった。デビュー以来もっとも軽視された9番人気。気楽な立場になったブラックホークは後方馬群の大外を気分よさそうに追走する。4コーナーを回ってもまだ後方から2番手だ。ギリギリまで仕掛けを我慢した横山典の騎乗が、イメージを覆す驚異的な末脚を引き出した。直線で馬場の悪い内から中央を通った馬が次々に失速していく。それを横目にグングンと加速。先に抜け出したブレイクタイムを並ぶ間もなく抜き去ってしまった。こんな脚があったのかと誰もが目を疑った。

 馬連12万円の大波乱にスタンドはドッと沸いたが、横山典も仰天していた。「びっくりしました。道中どれだけ折り合って直線に向くかだけを考えたんです。まるで坂路を駆け上がっているような攻め馬と同じ感触。最後まで諦めず一生懸命走ってくれた。僕自身は距離が長いと思い、そうコメントしたから馬には失礼なことをしてしまった。惜しい競馬が続いていたから、大きいところで結果が出せて本当によかった」。悔しいことが続いたあとの喜びはとてつもなく大きい。

 国枝は競馬の不思議さに思いを巡らせた。「京王杯で勝っていたら安田も同じ競馬をしていたと思う。負けたから、じゃあ戦法を変えようとなった。そしたら絶好の枠が当たって一番いいコースを走れた。流れを引き寄せたんだね。ずっと、ちょっとだけ負けていたのが、目標にされる重圧から解放されたら別馬のような脚で勝ったんだから。競馬っていうのは面白いと思い直したね」

 安田記念のパフォーマンスでブラックホークの評価は一気にハネ上がった。香港の競馬関係者、ジャーナリストが「フェアリーキングプローンを破った馬をぜひ見たい」と、国枝厩舎を訪ねてきた。「私がブラックホークの調教師ですと言ったら、『サインくれ、いっしょに写真を撮りたい』と一躍人気者。凄い評価なんだと思ったね。暮れにはぜひ香港に来てくれとも言われたよ」

 残念ながら希望は叶わなかった。現役続行が決まっていたが、放牧されている間に左前の骨膜炎が判明。電撃引退が発表された。結果的には潮時だったのかもしれない。足かけ4年半、何度も危機に見舞われながら無事に競走生活をまっとうした。スプリントとマイルの世代混合GTを制したのはバンブーメモリー、ダイイチルビー、タイキシャトルに続いて4頭目。両方をこなしたことでハクがつき、種牡馬としての可能性は大きく広がった。国枝はブラックホークとの付き合いをこう総括した。

 「3歳から8歳まで常に第一線で活躍して最後まで体が崩れなかった。筋肉が硬くなるとか骨膜が出てガタガタになるとかなくて、ずっと乗り味がよかったからね。オレも含めて誰でも普通に乗れた。筋肉、骨の構造、精神的な面からなにから余裕があったんだ。あの馬のおかげで初めて重賞を勝たせてもらったし、金子オーナーと巡り会えたから感謝している。いろいろ危ない部分を抱える特殊事情の中でGTを2つ取ったんだから本当に強い。牛みたいにドッシリして幅がある馬だから種牡馬としても才能はあると思う。サンデーサイレンスの薄くて性格がキリキリしている牝馬とは絶対合うはず。これだけの馬だからサイアーラインに残るような成績を挙げてほしい。惜しむらくは、ああいう動じない精神の馬を外国に連れて行きたかったね」

 類い希な打たれ強さを誇った。劇的なドンデン返しを演じたブラックホークのキャリアは、リストラ時代のサラリーマンに勇気と希望を与えてくれる。(文中敬称略)

Gallop臨時増刊 週刊100名馬
Vol.99 ブラックホーク
小野塚 耀著「七転び八起き」より転載